あなたの古里、宮崎県小林市の福祉タクシーです。

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代 表  四位 純徳

代 表 四位 純徳

代 表  四位 純徳

◆ 父が障害を、持ちながら病院の看護助手として働いていた。
(私が、高校卒業と同時に病院を「障害の為病院に迷惑をかける訳にはいかない。」と辞める。後は、自宅にて農業に従事する。)
中学・高校卒業時に看護の道を模索したが、別の進路(高校が建築科系ということで地元建設会社へ)を選択する。

23歳:地元病院への誘いがあり転職する。(父とのつながりのある方の紹介)
24歳:地元医師会立の準看護学校(26歳准看護師資格)へ
27歳:看護師を目指し宮崎市郡医師会立の看護専門学校へ(夜学で、勤務しながら3年間通う)。宮崎市へ転居。
30歳:看護師国家資格取得
30歳:結婚。長男誕生
32歳:救急救命士国家資格取得
35歳:父の障害がしだいに重くなり見守る為に、自宅建てて帰省する。次男誕生
36歳:地元の病院(デイケア)へ入職。
38歳:デイケア管理者へ。三男誕生
40歳:法人関連施設管理職として移動。
41歳:介護支援専門員(ケア マネージャー)資格取得。
42歳:父入院時(この間何回も入院している。)、母が脳出血にて入院。父母両方の介護が始まる。母は、その後回復麻痺はないものの「うつ病」を、併発する。
43歳:両親介護で、管理職として責任が持てないと思い法人施設を退職。負担の少ない病院へ入職する。
44歳:父の障害がさらに重篤となり、危篤状態で入院。一か月病院へ泊まり込み、父の看病をする。(介護休暇をとる。)
45歳:三男の小学校入学を見届ける様に、父が逝く(享年74歳)
49歳:病院組織との考えが合わず退職。その後将来を模索する。

50歳:看護師資格を活かした、「福祉タクシー きずな」を、目指し「自動車二種免許」「一般乗用旅客自動車運送事業(福祉タクシー営業免許」所得。

51歳:平成22年10月29日(私の誕生日)開業。この日は、たまたま手続きに行っていた郵便局に、お困りの高齢者が居り、その方を送迎した。
その時に代金2000円を戴いた。何かの縁かなと思い、この日を「開業」とした。

綾針葉樹林マラソン 激走中

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52歳:営業は、順風満杯ではないものの地元の方を中心に営業していた。宮崎市の司法書士さんから「福祉タクシーで看護師の資格を持った方を探していたら、「きずな」があった。」とその方の、被後見人H様(92歳男性)の紹介を受け、1年半のご縁に繋がる。H様の「人生と、その思い」に接し、H様と「墓探しから、親類縁者探しの旅」を「涙あり、涙あり」そして、H様の最後の思い出として、お付き合いをさせて戴いた。最後は、明日から旅行という時に、突然の永眠であった。H様のお蔭で私にとって「貴重な体験」と「ご縁」を戴きました。
53歳:同じ司法書士さんから被後見人K様(施設入所され。認知症で、娘さんも認知できないほど進行されている方。)。「娘さんと二人で思い出の場所をドライブさせたい。」との依頼。表情もなく、娘さんとは認知出来ず。娘さんの案内で思い出の自宅周辺の、桜並木、池等巡る。ご本人様の自宅跡に来るころに、今まで表情がなかったK様に表情が出てこられ、昔の事を言葉に出されたり、娘さんへの感謝の言葉も出された。娘さんも大変喜ばれる。その後の、K様は、暫くして亡くなられたとのこと。
54歳:市内在住Y様92才独居女性(ケアマネージャーは、「認知があって通じない。」とのことであるが、92歳という年齢相応と思う。)ケアマネージャーからの紹介でご縁が出来。傾聴、病院受診、買物、食事、墓掃除、庭草取り等を支援している。Y様からは、信頼して下さっており、私が訪問するのを待ち遠しいとおっしゃって下っている。現在も支援中。
● 病院へ長く入院されておられ寝たきり状態。お子様が、遠方(福岡県)におられ「自分の傍で、看たい。」と希望あって、病院と連携して福岡県の病院まで最悪の検討までして、搬送した。
◆ 毎年の、花火大会お泊り旅行支援
◆ ご友人三人様との、小旅行支援

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